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【チーズのプロになりたい】チーズの伝播経路

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チーズプロフェッショナルまで取るかどうか考え中ですが、チーズに詳しくなりたいと考えている者です。アウトプットメインに自分で食べたものや調べたものをまとめていこうと思います。

 

文化史のアウトプット続きで今回は「チーズの伝播経路」です

 

 

メソポタミア文明で発生したといわれているチーズの文化は大きく分けて東ルート、西ルートの分かれていて、その中でも東に3ルート、西に2ルートに分かれていったようです。

 

東ルート

 

メソポタミアからギリシャ、イタリアへと伝播していく地中海ルート

 

さまざまな文化の融合で山羊や羊からの搾乳がメインだったものに牛からの搾乳という技術が加わることになります。また冬の時期の食料保存の必要性から大型で水分の少ない長期保存向きの「山のチーズ」(パルミジャーノ、ペコリーノなど)を作る技術が定着していきます。

 

・トルコから黒海を抜けてフランス、イギリスまたはロシア方面に伝播していく東欧ルート

 

この地域ではバターを作っていた痕跡が多く残っているみたいで、地中海ルートよりは遅れていたそうです。しかし、紀元前から山のチーズの初期のようなハードタイプのチーズやゴルゴンゾーラのようなアオカビチーズ、イギリス・ブリテン島の古代チーズなど様々なタイプのチーズが造られ、多様な発展をしていたようです。

 

・エジプトを抜けてアフリカへと伝播していくルート

 

このルートはエジプト文明が乳加工に積極的ではなかったので、やがてチーズなどの加工は消滅していきます。ただし先住民たちで独自に発達した乳加工も見られ、アフリカ独自の乳加工は現在でも受け継がれているようです。

 

西ルート

 

・イラン、インドへと伝播していくルート

 

これが現在でも続くインドの乳食文化ですが、インドに酸凝固のフレッシュのみ発展していったのは、インドは古代ヒンドゥ教の教訓でウシ信仰によりレンネット酵素の利用は全くなかったこと、ヒッタイト文明との交流がなかったこと、生活が定着居住だったので食料保存に対する必要性がほかに比べて少なかったことがあげられます。インド料理や中東料理などエスニック料理でおなじみのパニール、ダツィ、クルットなどはこの流れですね。

 

 

カスピ海東側を抜けてカザフスタン地域そしてモンゴルへと伝播していくルート

 

簡単に説明すると遊牧民のチーズのルートです。ほとんどが羊や山羊で酸凝固による乳加工だったそうです。そしてこのルートはシルクロード上でもあったため、古代中国、そして「蘇」という形で奈良・平安時代の日本へ伝播していきました。

一時期盛んだった日本の古代乳文化は日本王朝の衰退などによって次第に消滅していきます。

 

以上

チーズの伝播経路を見ていくと文化や地形など様々なものがその後に発展していくチーズに影響を与えていったのだとわかりますね。

次回は各チーズのタイプごとに見ていこうと思います。